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時代は再びヘビーデューティー vol.3

2015.5.19


「米国の若者たちが、世の中を変えたいという気分になった時には、それまで履いていた靴を脱ぎ棄てて、新しい型の靴を履く。」(椎根和著、「popeye物語」新潮文庫刊より)

米国で生まれたヘビーデューティーという言葉は、そもそもは米国のアウトドアメーカーやスポーツシューズメーカーが仕掛けたプロモーションのためのものだったようです。つまり「丈夫で質実なアウトドアブランド」を旗印にした商業主義的なムーブメントであって、「質実剛健な暮らしを!」を合言葉にしてアメリカ市民の間で草の根的に盛り上がっていったカルチャームーブメントでは元々なかったのです。

しかしここが日本と決定的に違うのですが、アメリカには商業主義が悪いという考え方が無いため、ヘビーデューティーは健康的なスポーツやアウトドアライフを指向し始めたアメリカの若者のカルチャーニーズにぴったりとハマり、生活やレジャーの中に定着していきました。

1960年代後半から70年代初頭にかけて、アメリカ全土で吹き荒れた政治の風は、75年のベトナム戦争終結とともに終息し、70年代中盤以降、健康的で政治とは無縁のスポーツ中心のライフスタイルを志向したアメリカの若者は、高校・大学のキャンパスではNIKEのスニーカーを履き、週末にはL.L.ビーンのガムシューズを履いてアウトドアでキャンプやトレッキングを楽しむ、そんなライフスタイルを謳歌するようになりました。

一方日本では、70年代後半になりメンズクラブやpopeyeなどの雑誌メディアを通して輸入されたヘビーデューティーは、山やフィールドとは無縁の”アスファルトの上を歩くためのファッション”に変質してしまいました。

自然と商業主義は相いれないもの、自然は「モノ」ではなくココロで楽しむもの。私たち日本人にはどうもそのような自然観が根底にあるようで、そのためアメリカ人のようにヘビーデューティーな「モノ」を通して自然と触れ合うという感覚が理解できなかったのだと思います。ヘビーデューティーというライフスタイルが、ここ日本ではアウトドア服飾ファッションにとどまり、カルチャーとしてまたライフスタイルとして定着しなかったのは、こんな背景があるように私は感じています。



1975年に発売された小林泰彦著「ヘビーデューティーの本」の巻頭頁より。小林泰彦さんのイラストとアメリカの若者の田舎での暮らしぶりをとらえた写真をつぶさいに観察することで、当時大学生だった私は本場のヘビーデューティーの空気を感じ取ろうとしていました。

1977年に発売された小林泰彦著「ヘビーデューティーの本」の巻頭頁より。小林泰彦さんのイラストとアメリカの若者の田舎での暮らしぶりをとらえた写真をつぶさに観察することで、当時大学生だった私は本場のヘビーデューティーの空気を感じ取ろうとしていました。



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