10月18日
Re.ホームページ
本日、待ちに待ったリニューアルホームページ(以下HP)が完成しました。コンピューターはどちらかと言えば不得手で、ソフトもエクセル、ワードくらいしか使ったことがなかった私ですが、なんとか100%自主制作したHPです。
当初は宇都宮の某HP製作会社に依頼して製作する予定でした。が、「こちらの思い通りのものが予算内では絶対できない!」ことに7月頃になってようやく気づき、急遽その業者への依頼をキャンセルして、しかたなく自分でつくることになったのです。
つまり、こんな問題、不具合が見えてきたのです。
1. 追加ページの作成も、中身の変更も我々サイドで自由にできない
2 しかも、1ページ追加で作ろうとすると、3~5万円もかかる
3. 仮にお金を払ったとしても、こちらの思うようなものが出来上がってくる保証はない
他の中小企業の社長さんたちと話してみると、皆さんも私と同じ不満を感じているみたいでした。
どうもコンピュータープログラマーやウエブデザイナーと呼ばれるう職人さんたちは、「デザインに凝った見栄えのいいHPこそ価値がある」と誤解しているようです。
なんだかんだの押し問答があった後で、そのHP製作会社から「シロウトが作るHPはしょせん素人仕事。ちゃんとした商売に使える商用HPは絶対に無理ですよ。」と言われたことで私の闘争心に火がつきました。インターネットで見つけたキーワードマーケティング滝井社長が提唱しいている「中小企業、個人事業者のためのHP講座」を早速申し込み、AdobeのGoliveとPhotoshopという2つのソフトを購入し、毎夜悪戦苦闘を繰り返しながら2ヶ月間かけて作りあげたのがこのHPです。
当然、プロの作ったHPと比べれば出来栄えはまだまだですが、自分としてはお客様に伝いたい情報が体系的に網羅できるHPになったことで満足しています。広告塔にとどまらない、当社にとってかけがえのないコミュニケーション媒体にしていければと思います。

10月27日
Re.薪ストーブ
先週末の日曜日に那須山で初雪が降りました。私の住む標高500メートル辺りではまだ雪も見られませんし、紅葉も我々の麓に降りてくるにはあと10日から半月要します。が、寒さは既に晩秋から初冬の気配で、我が家でも今週から早速薪ストーブに火が入りました。
昨日、宇都宮で昨年ハーフビルドされたK邸を訪問し、ご主人のKさんと薪ストーブについて熱く語り合ってきました。Kさんはバーモントキャスティング社のマジソンのオーナーです。Kさんのストーブには、私もKさんと二人で煙突取り付け工事を手伝ったせいもあって、格別な愛着があります。また、Kさんも私も「薪ストーブが好きが高じて薪ストーブの似合う家を作った」クチで、Kさんとは薪ストーブについて語り出すといつも時間を忘れてしまいます。
よく東京に住んでいる方から「寒い地方に暮らしていて冬はたいへんですね?」と聞かれますが、実際は薪ストーブの暖かさと薪の燃える匂いが大好きな私には冬は待ち遠しい季節なのです。こんな話しをしたら、Kさんもその優しい笑顔をくしゃくしゃにして同感されていました。

写真左が我が家の薪ストーブVC社アンコール赤 右がK邸の同じくVC社マジソン黒
10月30日
Re.帰農
田舎暮らしを始めてから購読を続けている雑誌の一つが季刊誌「現代農業増刊」です。農協系出版社農文協が出版している雑誌で、農的田舎暮らしを志向する都会生活者が主要読者層です。かつて「定年帰農」という流行語もこの雑誌から生まれました。「定年になったら、農的な暮らしを。。」と考えている人は、私の周りのもたくさんいらっしゃいます。先日、那須の某不動産屋さんと話しをしていたら、「都会に暮らす団塊の世代が定年を数年後に控えて、帰農のための土地探しを始めている。」という話しを聞きました。団塊の世代の定年が社会に様々な影響を及ぼすこと予測されていますが、もしかすると都会から田舎へのユーターン人口大移動が現実味を帯びるかもしれません。
あまりにもバランスを欠いたニッポンの衣食住分業社会にあって私達はこれまで消費するだけの生活に豊かさを求めてきましたが、この雑誌に登場する農的田舎暮らし人たちは、「自らの生活を生産する暮らし方こそ本当の豊かな暮らしなんだよ。」 と語りかけています。
11月14日
Re.田舎に暮らして変化したこと①
那須の田舎に暮らして早5年が経ちました。仕事も生活も東京にいるときとは様変わりしたので、生活信条やら感受性やらは当然大きく変わってきています。ただ自分でも不思議だと思うことは、モノ、特に新製品とか流行の商品などを全く欲しがらなくなったこと。「Aさんが乗っているあの4WDが欲しい」とか、「お隣のBさんちが今度買ったテレビ、あれいいわね。」といった会話は都会に住んでいた頃は当たり前にしていましたが、今は女房も私も全くと言っていいほど口にしなくなりました。我が家のテレビは1万円で買った小型ノンブランド中国製だし、車も10年来乗っているパジェロと三菱ジープですが、新しいものに買い換えたいという欲求は全く湧いてきません。現状の生活に全て満足している訳では決してないのですが。それまでモノを消費することで満たしていた精神的欲求が、今は別のもので満たされているためなんでしょうか、何はともあれモノを欲しがらなくなると、「勝ち組か負け組みか?」といったマスコミが囃し立てる議論の底浅さがよーく見えてきます。
今欲しいものは近所の犬が一同に遊べる庭。写真の芝生部分を全面的に改造計画中。
11月27日
Re.田舎に暮らして変化したこと②
東京から遠く離れて暮らして見えてきたこと、それは今日のニッポンの「東京と地方の関係のありかた」です。東京に住んでいる時は意識すらしなかったことですが、山の中に居を構え、この土地の人たちと一緒に仕事をし、苦楽を一瞬でも共にしたからこそ見えてきたことなのかもしれません。結論的には「中央と地方の格差」という昔からあった社会政治の問題なのですが、バブル後の10~15年を経た今日、この格差が取り返しのつかいない程広がってしまったと思えてなりません。私の視点を整理すると、こうなります。
◇ニッポンは東京という「グローバル都市国家」と、「その他の地方」の2つに分断されつつある。大阪も名古屋も「その他の地方」に属します
◇東京と地方との間で経済的格差や文化的格差が広がっています。表面化する格差だけでなく、なにか人々の内面的な価値観や思考回路や行動の基準のような部分まで大きな溝ができてしまっている。私も含めた地方人にとって今、東京人は「ガイジン(別の国の人)」に見える時があります。
私が東京で社会人となった当時-今から20年前を思い返してみると、当時の東京は私達地方出身者(田舎者)にとって憧れの的でしたが、背伸びすれば手が届く目標でした。全国の地方のピラミッドの頂点に東京がちゃんと腰を据えていたからです。ですが今は、そのピラミッドの頂点にいたはずの東京が別世界へ飛んでいってしまった!ニューヨークやパリやロンドンや上海といった惑星が集まる「グローバル」という名の遠い世界なんでしょうか、兎に角、ニッポンという国が様々な文化特色をもった地方の集合体であるとするならば、東京はニッポンには属さない独立した都市国家になってしまった。こんな風に感じているのは私だけでしょうか。。。
地方の人に向かって「東京に追いつけ、東京のように頑張れ!」と言いたいわけではありません。また、東京に富が集中しすぎて地方は貧しいことを嘆いているわけでもありません。(逆に地方の暮しのほうが豊かだと確信しています。) 心配しているのは、ニッポンの政治社会の良かった面-地方の多様性を認める寛容さ-が失われるんじゃないかということなんです。鈴木宗男のような地方の利益代表まんまの政治家を容認してきたこの国の政治風土も、まんざら悪くはなかったんじゃないかと。。 東京に住んでいる頃には考えもしなかったことです。
12月15日
景観について
那須町議会でようやく景観条例が可決されました。遅すぎた感がありますが、これで那須の景観を台無しにしている原色大型看板に規制がかかることは喜ばしい限りです。
栃木県は世界遺産の日光や那須を持つ観光県でありながら、景観に対する行政や県民の意識は極めて低レベルにあります。少し前の文芸春秋でしたか、「外国人に見せたくない醜いニッポンの景観ワースト10」という企画が掲載されましたが、その中でなんと宇都宮駅前の風景がワースト5に入っていました。その記事を読んで屈辱的な恥ずかしさを噛み締めた栃木県のお役人さんは何人いたことでしょう。ちなみに”受賞理由”は、「県庁所在地の駅前らしからぬ醜い景観。特に消費者金融の看板で埋め尽くされたビル・・・」だそうです。ほんとトホホです。
上の写真の看板を取り付けた人に言いたい! 美しい那須山の景観を邪魔してるおたくの会社はイメージダウンしている。これ間違いない!
4月4日
野良仕事とスローライフ

田舎での自給自足的な暮しのことをスローライフとか、また最近ではロハス的生活とか呼ぶそうです。スローライフもロハスも、おそらく東京の電通あたりのクリエーターが仕掛けた「マーケティング・ワード」なのでしょうが、都会の人が抱く自給自足的生活の良いイメージだけが巧みに刷り込まれているきらいがあります。そういった生活に憧れて東京から那須へ移住し、いざ始めてみて、その現実とのギャップに戸惑う人が多いようです。畑で野菜を作ったり、家畜の世話をしたり、堆肥をつくったり、薪を作ったりする仕事は「野良仕事」と呼ばれてきました。野良仕事は決して「スローな仕事」ではありません。とにかく空いている時間を見つけてあくせく仕事をするマメさがないと、あっという間に田舎の庭は荒れ果て、仕事が山積みになってしまうのが野良仕事の現実なのです。
薪つくり一つとっても、とてもハードで根気の要る仕事です。我が家の場合、家の主暖房設備が薪ストーブなので、毎冬、およそ5トンもの薪を消費します。その薪はワンシーズン前の冬に割って1年間薪小屋で乾かすのですが、毎年1月から3月までの間の週に一度の休日は、ほぼこの薪割りに費やされるほどです。私の場合「薪割りが趣味」と公言できる人間なので薪割りをつらい労働と考えたことはありません。が、一般的には、やはり薪ストーブ・暖炉のある暮しに憧れて那須に別荘や家を作った方の多くが、薪が作れないがために薪ストーブや暖炉が使われないまま「リビングのインテリア」に化してしまうケースが多いように見えます。
数年前に「スローライフ」という言葉がマスメディアで使われ始めた頃、イメージだけが先行したその言葉の使われ方に違和感を感じた人も多かったと思いますが、昨今登場してきた「ロハス」に至っては、真面目に「ちょいロハスオヤジ」に憧れる人がいると聞いて、ただただ驚愕します。 翻って、過去にもその種の和製英語がニッポン人には好まれてきました。ナチュラルライフ、カントリーライフ、天然生活etc...などは雑誌のタイトルにまでなっています。 いづれも共通しているのは「東京発」という点でしょう。であれば向こうを張って我々地方サイドからは、よりリアルで硬派な「月刊野良仕事」でも発行しようか、などと考えています。
4月19日
ライフワーク
この2年間、ご夫婦でハーフビルドの家作りをされてこられたHさんのご自宅が完成しました。素人仕事とは思えない緻密な造作がある一方で、いかにも素人らしい自由で伸び伸びとした発想も家のいたるところに刷り込まれており、まさにHさんの思い入れやポリシー、哲学が形になった、そんな凛とした家に仕上がりました。
私はお客さんから「刺激」や「影響」を受けることが結構ある質ですが、特段このHさんの場合、彼の家や人生に対する情熱やこだわりを聞くにつけ、「眼が覚める」ことがよくあります。Hさんにとっては、土地探しから、デザインの検討、素材の選定、実際の工事、職人さんとのコミュニケーション、ストーブの火入れや自作の浴槽での初風呂体験、完成後のそこでの生活、そして将来の家と庭とガレージの拡張計画に至るまで、家に関すること全てが「遊びのライフワーク」なのでしょう。そのHさんいわく。「ハーフビルドの家作りの良さは、自由に自分のペースで素材や造作を決められること。いくら安くても他人から気にいらないメニューを押し付けられるのは絶対に嫌。旅行もパッケージ旅行よりも自由気ままな旅が好き。家作りもいっしょですよ。」と。
「セルフビルド、ハ-フビルドで家を作った人はうらやましいねー。みなさん自分たちで作って大満足でしょ。」世間一般的にはこう見られていますが、これは大きな誤解であって、皆がみな100%満足している訳ではありません。皆が100%満足していたら、この国にもっと多くのセルフビルダーが生まれているはずですから。自作的家作りと満足度の関係を解きほぐすヒントは、どうやらHさんのライフワーク観にあるようです。
6月19日
国産材ナショナリズム
「日本の家は何が何でも国産材でなきゃ。外材は日本の気候に合わないからダメ。」住宅に使う木材の誤った認識、とりわけ盲目的に国産材をよしとして輸入材はダメと考える人が増えているように感じます。おそらく住宅雑誌チルチンビトや偏狭的な住宅論者が書く住宅本の影響なんでしょう。
当社では外壁板貼りは北米産のレッドシーダーを標準仕様で使っていますが、そのことを話すと「えー外材なの?国産杉のほうが丈夫で長持ちするじゃない」と反論されるお客様がいらっしゃいました。レッドシーダーと国産杉の双方の板を数ヶ月間庭に放りっぱなしにしておけば、どちらが日本の高温多湿気候風土に適しているかは明白なのですが。。。
盲目的に国産材を良しとする国産材ナショナリズムはなにも住宅建材だけの話しではなく、食材に関しても同様に「国産全て良し」と考える人が多いように感じます。国土郷土が生んだ産出品を愛することと、客観的に評価することとは別のはずですが。。。おそらくニッポン人は、「衣」では拝外傾向が強く、「食」と「住」に関しては感情的に排外に振れやすい傾向を持った民族なのでしょう。 国会で検討されている教育基準法の改正にからんで愛国教育が盛んに議論されていますが、愛国教育が子供を極端な排外主義に走らせないことを節に望みます。食材や建材などマテリアルの産地ばかりに眼が行って、食や住の本当のありがたみや楽しみ方を知らない大人ばかりになったら。。。寂しいね。
我が家の屋根は北米産米杉(レッドシーダー)の板葺き屋根。国産材の屋根材は今は存在しない。

7月14日
<アク>のある家
梅雨の晴れ間のひと時を利用してB邸の施主Bさんご夫婦と一緒に土佐漆喰を塗ってみた。塗りながら小林澄夫さんの名著「左官礼讃」の中の一節が頭に浮かんできた。
「土佐漆喰が塗られた当初泥のような赤茶色で、ひにちがたつにつれて石灰の白に帰っていくというのは、土佐漆喰をなぶったものにしかえられないひそかな楽しみである。 (中省略) われわれが塗り壁は生きている、呼吸しているというのは、この<サビ>や<アク>を生じる自然との交流のことを言っているのである。ところが、現在の工業的な建材は、建前上、このアクやサビがでないように作られている。ようするに、経年変化で生じるアクやサビを欠陥として捉える悪しき思想に立っているのである。」
新品であるべく運命づけられた工業的建材のみによってつくられた家が、キレイだけどなぜか人を魅了しない訳が見えてくる。<アクの抜けた>ただ見た目だけがいい人には魅力が無いのと同じなのだ。
<写真左>著者の小林澄夫さんは左官を愛する人たちの同人誌的業界誌「月刊左官教室」のを主宰している。
セルフビルドで左官塗り壁をする方には是非一読して欲しい一冊。自然の素材で家を手づくりすることの意味を深く考えさせてくれる。
<写真右>矢板A邸の吹き抜けはAさんご家族が栃木葛生産の本漆喰を塗った。
8月1日
セルフビルドは創造的冒険なのだ!
「どうしてセルフビルドやハ-フビルドで家を自作するのだろう?」 この問いに対する私なりの思いを率直にお話ししておきたいと思います。
週末に自宅をセルフビルドしているご家族様に 「どうして自分で?」 と質問すると、大概は「だって納得のいく材料を使って自分好みに仕上げたいじゃない。しかも建築費を大きく節約できるわけだし。。」と返事が返ってきます。しかし家を自作することのもっと重要な意義は別の次元で存在します。やってる最中には気づかないことかもしれません。家が完成して何年か経って、また人によっては死ぬ間際になって自分の人生をレビューしながら「自分で家をつくることの本当の意義」に気づくことになります。
なぜ長い時間を置かないと意識できないのか? それは家を自分でつくることの冒険的意義の重要性が人生経験を積んで初めて理解できるからでしょう。つまり家の自作とは、家庭や職場や地域社会における日常的な仕事や生活の体験では絶対に味わえない非日常で創造的な冒険なのですから。。。人生の中でそう何度も経験できるものではありません。だから重要なのです。
若い人にとっては、人生とは山あり谷あり冒険的シーンに満ちた劇場のようなもの、と思いたくなるのは当然でしょう。しかしある程度年を重ねると、「人生って自分で冒険しない限り、意外と平坦な道程なんだ。」と気づくことになります。
人間、もし青年期を過ぎてからでも大きく成長するとすれば、それは自分が慣れ親しんだ世界とは異なる世界に飛び込んで異文化を体験すること、つまり冒険に身を置くこと以外に無いのではないでしょうか。当社のお客様である施主さんに置かれましては、この他人が得がたい冒険を糧にして、その後の仕事や家庭生活が大きく開花すること願っております。
